俺が今使ってるiPhone買うときに店員が「iPhoneの箱はわざとゆっくり開くようになっていて、iPhoneを買った人が初めて開けるときにそのゆっくり開ける時間でわくわくできるようにAppleが工夫したんですよ!」って言いながらとてもわくわくした感じで俺の前で開けやがった。
なかなか人の気持ちがわからない店員がいたものだが、気を付けないとこういう事態は起こりやすいものだ。
社長が「ゴジラ松井は辞め時だったよ。結果が出せないなら、プロとしては辞めるべきだね」とドヤ顔で言っているのを、社内の全員が「(じゃあ、お前も早く辞めろよ…)」と心の中で叫びながら聞いている
自分の発言が周りの人にどう捉えられるかというは本当にわからないものだ。
今日も江戸関係の本を読んでたんですが、外国の宣教師が他の国で布教をするとき、酒、タバコ、武器、医療などで民衆の気を引いたのですが、日本人にはそれらが通用せず、1番つられたのがカステラだったという話にぶはってなった。
「カステラ、すげー!」
「意図と違う結果」みたいなことは今も昔も起こっているわけだ。
ソマテック・マーカー仮説
これは交通事故により極端な「感受性・情動の減退」がみられる患者からの考察したものだ。
脳機能自体に問題はないのだが、人間の「感受性・情動の減退」を司る機能だけが不具合を起こした患者が対象となる。こういった患者は、通常の生活が全くおくれないほど、判断ができなくなったということだ。つまり、適時適正な意思決定には、理性と情動の両方が必要という仮説だ。
無限のオプションの中から、脳は「あり得ないオプション」を自動的に排除し、残ったオプションから論理的・理性的に選択してるのでは?という仮説となるということらしい。
ソマテック・マーカー仮説は、名前の通りあくまで「仮説」であり証明はされてはいない。だが「ロジックだけで意思決定すること」を善とすることに対して、大きな示唆を与えるのではないだろうか。といったことが山口周さんの本にも書いてあった。
「論理的な思考処理」 vs. 「感覚的な思考処理」
https://news.yahoo.co.jp/byline/yokoyamanobuhiro/20210220-00223707/
この記事がなかなか面白かった。
後読感として、人間のポテンシャルとしてすごいのは、言わずもがなで「感覚的な思考処理」だろう。逆説的に捉えると、コンピュータが行うような「論理的な思考処理」は相当レベルが低いのだなぁと感じた。
人間の脳はワーキングメモリーが少量しかないらしく、ごく限定的なことしかそのメモリー内では覚えてられないという。そのワーキングメモリーを超えて、過去の記憶とともに結合された長期記憶の容量はすごいらしいのだが、端的に「入口は超狭い、奥行きは大きい」くらいに覚えておけばいいだろう。
なので、人間が自分の特性を知ったうえで思考をするためには、ノートを手に取って気になった言葉を書き出していくという行為がとても重要になる。「書き出す」ことで脳のワーキングメモリーの消費を減らすことに繋がるわけだ。
情報の入り口である「ワーキングメモリー」が極小である一方、それを通過すると様々な脳内ネットワークで「感覚的に処理」される構造のようだ。その「感覚的に処理された情報」が、あるとき何かのきっかけで「ひらめき」の土台となってるのかもしれない。
とても面白い。
だが、ちょっと「できるサラリーマン」あたりが言う「いやぁ、ロジカルにいかないとさ」というコメントは、脳の構造を踏まえるとやや浅い発言となってしまうのだろう。
「意図」はロジックじゃねー
「MASAKIはロジカルなのか?それとも感性で動いているのか?」
この質問には確実にこう答えるだろう。
「100% 感覚・感性で動いている。」
なぜか?
「ロジックで考えるのがめんどくさいからだ」
決して勘が鋭いわけでもなく、直観が働くタイプだと主張するつもりはなく、単純に「努力しない・論理的に考えない・頭を使わない」という点を非常に重要視しているのだ。
すごく前向きに書いてるが、本能的にそうなる。
「全能的にロジカルなわけでもないので、入り口から出口までロジカル風に考えることは避けている」というニュアンスの方が正しいかもしれない。
自分の中で、
- 「お!」と思ったことや、
- 「おや?」と思ったことや、
- 「うさんくさくね?」と思ったことや、
- 「この人かわいいな」と思ったことや、
- 「運命ってあるかな?」
といったことをとても大事にしてるのだ。
MASAKIは、よく「ストーリーが大事」と書くが、初動の時からストーリーを巡らせるまでは、基本は頭の中で気持ちいい事ばかり考えている。
その「巡らせる要素の洗い出し」として、事前にノートに気になったことを書き留めている。
巡らせた後に、「じゃ、、、めんどいけど推敲してみようかな?」という気持ちでロジックぽい思考を使っている。
「あー、なるほど。思ってたポイントはこの辺だったのね」
結果的にこうなる。
最初から最後まで「ロジカルにストーリーを考えるぜ!」となると、希薄なロジックと希薄なストーリーになる気がしてならない。「狙った意図」という言葉はあくまで後付けな「結果論」わけで、最初からロジカルに意図を狙うことはできないという個人的な感覚だ。
目を閉じて自分の感覚脳に耳を傾けよう!努力は要らない、嫌いなことは考えない。その先に何かあるはずだ。たぶん。
と、MASAKIは全面的に自分の情動を正当化し続ける!