「深夜のダメ恋図鑑」という秀逸な漫画を知ってるだろうか。
MASAKIは最近知ったのだが、すでに連載は終わっるものの、過去には深夜ドラマとして実写化されてたりする。
内容は
「俺は可愛くも無いババアのATMになるのはゴメンだね」
「浮気は男の本能なんだよ!」
「君の中に駆け込み乗車だ…発射オーライ☆」
深夜、ダメンズに悩まされる3人の乙女達によって繰り広げられる、世にも恐ろしい体験談…それが「深夜のダメ恋図鑑」。
世の中にダメンズ話は数あれど、その恐ろしいまでのダメ度とリアルさで異常人気を博した漫画だ!
一度読めば、絶対「居る居る~~~!!!こういうヤツ!!」と叫びたくなること必至だろう。
この漫画に出てくる佐和子という女の子と、同棲するダメンズ りょう君とのやり取りが興味深い。
「あ~~、おれもう仕事でヘトヘトだよー。」
「もう何もできないよー。」
「あ~~、お腹すいたー!佐和子ちゃん、ご飯まだ~?」
という感じで、家賃も払わず無意識なヒモ暮らしをしつつ、家事などは一切手伝わないのがダメンズ りょう君だ。
自分は仕事を早上がりしておきつつ、残業した佐和子に対しても「ご飯まだ~?」「もう何もできな~い。」を連呼する強者だ。
そんなりょう君に、佐和子は
「あたしは、仕事に、家事に、オマエの世話に疲れてるけど、オマエは何して疲れてんの??もしかして仕事?」
「まさか、仕事だけでそんなに疲れてるの??」
「ひょっとして、りょう君って仕事できないでしょ??しんぱ~い。」
といった強烈な返しをしていくのだ。
基本的に、他の女子2名もそれぞれのキャラ特性に応じて、ダメンズ達に強烈な切り返しをしていくのが面白い。
だが、この人間模様から、深い考察に至れる要素も多分にある。
家事と筋トレはした方がいい
全く偉そうなことを言うつもりは1ミリもないが、MASAKIはずっと掃除・洗濯は自分の仕事として行っている。
当初の意図は、「家事をやらないことで後になって文句言われるより、家事をやっといて自分が好きなことを許容してもらう方がメンタル的に楽」というもので、決して、「ダイバーシティを公言するおれとしては、男性・女性は対等であるべき」とか「自活できるスタイルが美学」といった崇高な動機ではない。
ただただ「自分の自由な時間を快適に確保するには?」という自分発信・自分中心の考え方が起点だったりする。
だが、あるときふと思ったことがある。
「掃除・洗濯ってちょっとおもしろくね?」
部屋がきれいになるのが気持ちいいというのは当然わかるが、決してそれだけで感じる面白さではない。
自分なりの答えを探っていくと、「ミッション・タスクを達成した」という「達成感」が大きいのでは?というのが今のところの結論だ。
これは当たり前のようで実はとても重要なことだ。
なぜなら、「確実に達成できるタスク」をこなして「確実に満足感を得る」という行為が伴うからだ。普通、掃除で失敗する奴はいない。「あ~!今日は洗濯の干し方が失敗したぜ!」と言う奴がいたら気持ちが悪いだろう。
「昨日は洗濯ものを干すのに10分掛かったけど、今日は1時間かかったぜ!」と言う奴がいたら、ただの不器用過ぎるおっさんだろう。
確実に所要時間が読めるというのも掃除・洗濯の魅力の1つだ。
それさえ終われば、MASAKIはささっと自分の部屋に籠る。(テレワークが始まってからは、コックピットと呼んでいる)
そこには家族は立ち入ってはいけない絶対領域だ。
基本的に出不精なMASAKIは大半の時間をコックピットで過ごす。外に出かけるときは基本は飲みか美味しいランチを食べに行くときだ。
見渡しても、趣味以外で「満足感」という確実なリターンをもたらすものは案外少ないと思う。
家事(掃除・洗濯)以外では、筋トレくらいかと思っている。
睡眠・食事も計画的に行うと確実にリターンはあるが、「能動的な動き」が少ない点が難点だ。
「何かを能動的にやって、確実にリターンが得られるもの」、それが家事と筋トレの神髄なのだと思う。
モチベーション理論における自己効力感
古くからあるモチベーション理論。一部を切り取って話すと、
・モチベーションは、外発的動機(金銭・言語報酬)より、内発的動機(自分の内から湧くもの)が重要
・モチベーションを上げる決め手は「自己効力感」(自己満足、自己肯定感と言ってもいいかもしれない)
という考え方がある。要は、この「自己効力感」が自分の中で自然と湧き起らないとモチベートされないということだ。
他の人から誉め言葉があったり、他者が行った行動を観察することでも自己効力感が上がったりするのは事実。(同じ能力の人間とみなしてる他人が、何かしら成功事例を作ったりしたら「おれにもできるぜ」と思ったりすること)だが、最も有効な「自己効力感」の上げ方は、単純に「わかりやすい成果」をいっぱい作ることだ。
ある研究によると、この「成果」で得られる満足感というのは、金額の多寡や内容の大小は関係ないらしい。つまり成果を得るための投資(時間・お金)と成果は比例的ではないということだ。
ここがミソで、「成果」を自分で演出する仕掛けを作っておけば、自然と「自己効力感」が上がるということ。
仕事は、自分の能力、他人の関与、外部環境の在り方などで成果が変わってくるし、一様に達成感を得ることは難しい。だが家事と筋トレは違う。腕立て伏せをすればするほど、痩せ細ったという人は稀だろう。
そうであれば、自分で家事を設定して、自分で達成感を得ることを考えた方が100発100中なので非常にリーズナブルなのだ。
よって、できる人になりたいなら、家事と筋トレはした方がいいという帰結となる。
さぁ、みんなも同居人に言われる前に、「華麗なる奴隷」に成り下がろうではないか。