リチャード・ギア、69歳でパパになった途端、妻がまた妊娠したようだ。
「リチャード・ギア、おはえはどこまでギア全開なの?」
尊敬の念を込めて、こう呟いておきたい。
結婚する・しないで悩みまくってた後輩のSHINJIには、もっと人生のギアチェンを上げてもらいたいと切に願っている。
死の谷、ダーウィンの海
ベンチャーなどのスタートアップの世界で昔からよく言われる「高いハードル」がある。
恐ろしいネーミングの「死の谷」、気持ちよさそうなネーミングの「ダーウィンの海」の2つだ。
単純化して説明すると、まず事業化までのプロセスを理解する必要がある。
「①基礎研究」 → 「②製品化」 → 「③事業化」
この①から②のフェーズに行くためのギャップを「死の谷」と呼び、②から③のフェーズに「ダーウィンの海」がある、くらいの感覚でまぁいいだろう。
「死の谷」 → 顧客に価値のある商品・サービスを作るのは大変
「ダーウィンの海」 → 製品化できても、事業として成立させるのは大変
というのがメッセージであり、この2つのハードルで、多くの企業が埋没していくことになる。
と、言葉にするのは簡単だが、この手の新規事業系の書籍を見て毎度尊敬の念を持つのは、起業家の「チャレンジすること・し続けること」といった凄まじく前向きな執着心についてだ。これはまさに「言うは易く行うは難し」の世界で、形が見えるまでに己を信じて進み続けるという起業家の方々は本当にすごいと思う。
「実現可能性」と「実行可能性」
MASAKIの持論だが、小頭がよいだけの「自称マネジメントスタッフ」野郎は、「実現可能性」を問うのが好き。
フットワークの軽いアイデアマンは「実行可能性」を追い求める。
一見すると似たような言葉だが、前者は「結果を前提」に良し悪しを測ろうとする。だが後者は「行動する勇気と最初の一歩に向けた具体的な活動」にフォーカスしているわけで、考え方は全く異なる。
乱暴な2種類の枠組みで、全ての人をカテゴライズする気はないが、言いたいことは伝わるだろう。
VUCAの時代(Volatility / Uncertainty / Complexity / Ambiguity)と言われて久しい。
「初期段階で実現可能性は測りきれない」といった事実を知りつつも、いざビジネスになった途端に「本で読んだことがある」レベルで頭の外に置き、この現実に向き合わずに「確実な結果」のみを求める人が多い。発言内容としては、「この採算性は担保できるのか?」「本当にうまくいくのか?」といった「実現可能性」ばかりだ。
「実現可能性」という言葉に「安心感」を持たせようとして、ポテンシャルの芽を潰してしまう。
測り切れないものに論拠を立て過ぎるよりも、試せることの大事さ、行動の大事さを痛感するべきだ。「実現可能性」が乏しく見えても、試すことが容易な「実行可能性」の高いことは、どんどん試すべきではないだろうか。
「行動」するための「リスク認識」が重要
その意味でも「リスク認識」は重要となる。このリスクというのは「うまくいく可能性」と「失敗する可能性」の「幅」のことだ。決して失敗するリスクだけのことではない
人間、「失敗する可能性が高い」といった1つの確実なシナリオを目の前にする方が対処しやすい。失敗がほぼ確実であれば、最初から挑戦しないという選択肢も持ち得るからだ。むしろ厄介なのがこの「振れ幅」だ。うまくいくかもしれない、失敗するかもしれない、その幅が大きければ大きいほど、人間は不安になる。
もっと不安になるのは、「その振れ幅(リスク幅)すら把握してない状態」だ。これは不安で不安で仕方がないだろう。
なので、まず実践すべきはその「振れ幅」を認識しておくということ。人間は認知したことに対しては強い。自分に安心感を持たせるために、初期段階で「振れ幅」を可視化しておくことをお勧めする。そうすれば、冷静な覚悟のもと「行動」に移しやすくなるのだ。
経営管理をしてる人の中では、潜在的に「1つのシナリオで精緻に当てろ!」という思想を持っている人がいるが、これは実際の行動にはあまり寄与しないのである。
「振れ幅」は言い換えると、数多くのシナリオの上限値と下限値をとらえる行為とも言える。つまり「1つの精緻なシナリオ」とは真逆に思想に立っていることになる。
その上で、下限である失敗したケースをを踏まえた上で、「まぁ、なんとか全体でmanageできるだろう。」というバランスを図ることが重要であり、「その活動自体がうまくいくかどうか(成功の説明)」を微に際に想定する必要はないわけだ。
アインシュタインの言葉
「愚か者は同じ事を繰り返し、異なった結果を期待する」
とても含意に満ちた言葉だ。
実現可能性より実行可能性。
「うまくいく確率はそもそも低い。だが、やれる確率は高い」ことに着目すべきということ。
よく言われることだが、「まずはやってみる」が何より大事ということだ。