人間だれしも、得意なこともあれば苦手なこともあるだろう。
実はMASAKIにもなかなか人には言えない苦手なことがある。それは「顔を洗うこと」だ。
こう書くと「顔を洗ってないやつ」といった誤解を受ける人もいるはずなので、もう少しきちんと伝えておこう。MASAKIは「洗面台で顔を洗うと、服や廊下をビショビショになってしまう」という現象が起こる。
なぜこんなことになるのかは本当にわからない。特殊なことはやっていない。アクロバティックな動きは極力避けている。ビオレの宣伝のように、自然にやさしくゆっくりとしたフォームで洗い流そうとしてるだけだが、100%の確率でビショビショだ。
小学生になってお漏らしをしてしまうと極力落ち込んでしまうが、それと同じ気持ちになってしまう。Washing blue
一方で得意なこともある。
洗顔フォームを、かなりきめの細かい弾力がある大きな泡に仕立て上げるのがむちゃくちゃ得意だ。
なんどか泡立てたフォームをインスタに上げようかと思ったが、女子力の強さが醸し出されてしまうので今のところ封印している。洗面台で洗うとびしょびしょ丸になってしまう特性上、朝はいつもシャワーを浴びながら顔を洗っている。
特大の弾力のある泡を作りながら鼻歌まじりでシャワーを浴びることにしてる。いくらでも濡らし放題だ。ついでに身体の汗も落とし、目覚めもすっきりし、頭の切り替えのためのスイッチングにはもってこいだ。朝から「半裸の爽やかなGACKT」にでもなったかのような気持ちになれるというわけだ。
なぜお風呂場系の話題にしたのかは不問にしてほしい。
得意技を出す環境は選ぶもの
話を戻そう。得意なことと苦手なことだった。
苦手なやり方を押し通して「Washing blueなびしょびしょ丸」になるか、「半裸の爽やかなGACKT」になるか、結局は同じ人間の中で起こってるという事実だ。「与えられた環境で頑張りました」的な話や、この延長にある話を出してくる時点で、自ら三流になることを選んでることになる。
つまり、自分に適応する環境、自分の得意技を出せる環境というのは、積極的に作っていく必要がある。
その「環境づくり」にどれだけ工夫を張り巡らせるかだけで、全く同じ人間でもパフォーマンスは天と地の差が出てしまう。
ポジショニング戦略の極意
世の中に競争戦略の本は星の数ほど存在しそうな気がするが、この戦略の要諦は大概同じ。
「競争戦略とは競争をしない(志向しない)戦略」
などとよく言われたりするのだが、個人的には正しいようで、あまり正しく伝わりにくい言葉だとも思ってる。
「無駄に競争の激しい領域ではない場所を選択する行為に価値がある」というのは当然理解するものの、違う視点で言うと「どこに行っても戦わないことなどない」わけだから、もっとわかりやすい表現を模索した方がいい。
「競争戦略とはジャイアン理論だ!」
この表現はどうだろう。とても良いと思わないか?
ある小さい町に住んでるガキ大将であるジャイアンが、その地域の子供たちを手下のように扱うさま。それを称してジャイアン。ごく特定された地域で傍若無人に振舞う、振舞える場所を見つける。こういう感じの方が伝わりやすいだろう。
「水泳で1番になりたい!」というなら、全国に名を馳せた大会に出るのではなく、市民プールの大会にエントリーしろということだ。
「腕相撲で1番になりたい!」というなら、小学生と対戦しろということだ。
ふつうの人はまじめだから、「与えられた環境」「期待される環境」を勝手に想像して固定化する。現実的に強い相手や辛い環境に対抗しないといけないので自滅していく。
見方を変えるだけで、同じ環境は変わるかもしれない。