止められない衝動

元おニャン子クラブの渡辺美奈代が自身のバースデーライブで、ひざ上40センチのミニスカート衣装を着て登場したいという。

マジでどうでもいいニュースだ。。

日本は本当に平和な国だと実感せずにはいられない。一方で、ひざ上40センチのミニスカートを着たいという「突き上げてくる止められない衝動」には注目に値する。

いつも自分の衝動に対して正直に振舞ってるMASAKIに悩みなんてないだろう。そう思っている人は多いのではないか。

確かに9割正しい。特段悩みという悩みはなく、どちらかというと「カンに障る!」となった瞬間に吐き出してしまって忘れてるものだ。心の受け入れキャパが極度に狭いのかもしれないが、いわゆる「ぐっと我慢する・溜める」ということができない体質なのだろう。

そんなMASAKIもふと悩むことがある。それも、自分がとことん嫌になって、半ば自暴自棄のような気持になってしまうことがある。

「なんでおれは禁煙できないのだろう」

これは長年の悩みでもあり、最近では半ば諦めてることだったりする。

禁煙したい理由?「オリンピックが近づいて、なんとなく日本のタバコ事情が海外に近くなってきたから」といった、最近のトレンドに合わせたノリなわけでは決してない。


佐野 功@isaosano

ハチ公前で、もうなくなった喫煙所のところでタバコ吸ってる人が常に何人かいて、「自分が死んだ事に気づいていない」地縛霊みたいだなって思った。

こっちの方がやめたい理由に当てはまる。両肩を落として、暗い表情でやや下向き加減に漠然と道路を見ながら、「ふぅ」と息を吐くサラリーマンを見てるとまさに地縛霊のようだろう。たまに咽てゴホゴホしちゃう人など見たら、間違いなく両手を合わせているだろう。「成仏してください」と。

つまり、自分が「そういうかわいそうな人」に見えて仕方がなくなるのだ。

「やめればいいじゃん♪」

そう言われることは覚悟の上だ。

過去のMASAKI通信でもしばしば「習慣化」の重要性を説いてきたわけで、その論法ならすでに習慣化できないのはなぜか?

組織学習の問題

組織論では、組織構造と、それに伴う人の協業に伴い、「組織学習」が大きなテーマとなる。

ここで言われる一説の中に興味深いものがある。

「ラーニングよりアンラーニングの方がはるかに難しい」

というものだ。つまり、人、及びその集合体である組織が学習するに際しては、新しく何かを覚えるよりも、すでに身体に頭に染み付いた何かを止めることが非常に難しいということ。

これを「消去困難性」と言う。

そう!私が言いたいのは、すでに私の心と体に染みついた「タバコを吸う習慣・その効用」というのを消すのがとっても大変ということ。

私は何かを習慣化したいときは、そのトレードオフとして捨てなければいけないことは割と平気で捨てられる。

「勉強したいならその時間の確保ために朝5時に起きる」といったトレードオフは少々慣れれば全然問題じゃない。ところが、「禁煙」したときにもたらされる「いいこと(お金の面・健康の面)」があるのはとても理解してるものの、「その効果が直接的に感じられる項目ではない」ため、トレードオフという感覚は持ち難いのだ。

「一方的に辛いだけ」というシグナルが頭の中でグルグル回ってしまうことになる。

そう。ただの言い訳だ!開き直り方がスガスガしい完璧な言い訳だと自分でも思う。

ただ、それくらい消去困難性は人間にとっては強固な壁となるのだ。

言葉から思考、思考から行動、行動から習慣、といったステップで自分自身に何かを課したいのなら、重要なことはただ1つ。

トレードオフとなるメリットをしっかり定義しておこう!ということだ。

「まず禁煙してから言え!」

もっともなご意見です。

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