よく耳にする「今だけの辛抱だ」は最悪の言葉だ。これを前提に考えると
「受験が終わるまでの辛抱だ」
「就活が終わるまでの辛抱だ」
「新人期間が終わるまでの辛抱だ」
「定年までの辛抱だ」
とエンドレスに「辛抱人生」になってしまう。もともと我慢のできない私にとっては耐え難い状況だ。
ちなみに、私のポリシーとしては、「食事・睡眠・運動はコントロール可能」ただし、「酒・たばこ・スイーツは制御不能」。もはや、濱田家家訓といった力強さすら醸し出してる気がする。
話がそれた。恐ろしい「辛抱人生」。
通称CHIMPEIという、仕事に関してはドMな後輩がいるのだが、彼はほんとにいつもニコニコしながら、過酷な残業をこなしている。全く「耐えている・辛抱している」という雰囲気を醸し出さずに、ブラック企業の社員並みの働き方を自分に強いることができるのは、やはり根っからのドM気質なのだろう。
まともな人間では、まぁまぁ耐えられないはずだ。
メンタルトレーニング
メンタルには「意識(顕在意識)」と「潜在意識」があるらしいと本で読んだことがある。
- 意識(顕在意識)・・・自分の意思、思ったこと、考えたこと、意識そのものを指す
- 潜在意識・・・自分ではコントロールできない深層にある意識
と2種類あり、人間のパフォーマンスを左右するのは、コントロールできない潜在意識の方らしい。
また、「意識」と「潜在意識」には反作用があり、意識が「試合をうまくやれますように!」と願うと、潜在意識が逆の思想に入り「体がガチガチになる」みたいなことが起るらしい。
確かこんな内容だった気がする。決して新手の宗教の類ではない。
一方で、「意識」が「ネガティブな思想」を持ったら、それはダイレクトに「潜在意識」に作用するらしい。
これ等を理解した上で、メンタルをコントロールするのがメンタルトレーニングであり、あなたの今後の人生を大きく作用する!
ほんとに新手の宗教の類ではない。
反省の在り方
マインドフルネスが大流行!なんて言葉がよく聞かれるのは、上記の意識の問題が関わってそうだ。だが、凡人のMASAKIとしては、なんとなく手応えが薄い。凡人ゆえに意識の違いが十分に感じ取れないのだろう。
まず実践的にやりやすいのは「反省」の仕方だと思う。
「反省」と聞くとどういうシチュエーションを思い浮かぶだろうか。ちなみに、思いっきり失敗したときの「反省」の場合だ。
反省したフリが非常に得意なChinpei氏はさておき、健常者はとても心が病んだ状態に陥るのではないだろうか。心が張り裂けそうになって、落ち込んで、時には目がウルウルしたりするくらい悲しかったり悔しかったりと。
これはメンタルの特性を踏まえても、「反省のあるべき姿」からはほど遠い。はっきり言うと、そんな反省の仕方をしてると、必ずまたやってします。必ずまたやらかしてしまう。
何が重要かというと、「主観を伴った反省は、ただ凹んでるだけで反省にはなっていない」ということだ。正しい反省は、「完全に主観を排除した、限りなく客観的な分析を伴う反省」だ。
例えばスポーツなどで大事な試合にミスをして負けたとする。これに対しては決して感傷的になってはいけない。昔のアイドルのように、ウルウルした目を細めて遠くを見ながらサビを歌ってる場合じゃないということだ。(我ながら、例えがよくわからんが)
「どの角度で打つべきだったか」「事前のルーティンを見誤ってたか」「相手の癖を読み取り間違ったのか」など、
自分の感傷を置き去りにして、徹底的に客観視した分析をする。この分析が一通り終わったあとには「できてるイメージ」が頭に残るはずだ。当たり前だ。分析による打開策を反芻するわけだから、分析が進んだあとは「できてるイメージ」しか残り様がない。
自分が迷路に入ってるようであれば自問したらいい。
「心に闇は自分で作ってませんかー?」と。