フリーなふり

「君は大企業じゃなくてベンチャーに向いてるよ」
とはたまに言われるんですが、おそらく社会不適合者ということをオブラートに包んでいってくれてるんだと思います。

— カラマゾフ (@karamazov012) December 27, 2019

こんな心ない言葉で傷ついた経験がある人は、実は多いのではないだろうか。そんな君たちに言っておきたい言葉がある。

「だいじょうぶだ!」

「これからは、君たちはだいじょうぶだ!」

何が大丈夫かって?

「自分が輝ける場は、黙っていても今後もっともっと増えてくる」ということだ。

フリーエージェント制

少し前に問題になった吉本興業の闇営業問題。その解決策の1つとして出てきたお笑いタレントたちの雇用方法である「フリーエージェント制」は近い将来に間違いなく来る。これは断言してもいい。

その会社に所属した仕事をしつつも、個人の責任は個別が果たす(会社は干渉しない)というのがフリーエージェントの要諦だ。この関係では、企業は特定の社員と半ば業務委託の契約をしつつ、社員はその対価をもらうことになる。

一見、「常用雇用者と何が違うのか?」がわかりにくい人がいるかもしれない。

企業のメリットは、

  • 社員の終身雇用を保証しなくてよい(先々まで及ぶ負債ではなく、必要に応じた一時的なコスト化が可能)
  • 単なる業務委託者ではなく、社内システム・人脈も知ってるので内部調整に手間がかからない人材を維持できる
  • 「できる社員」には「単価の高い難しい案件を委託委託」、「できない社員」には「低コストの工数払い」というメリハリ賃金体系を採用可能

(フリーエージェントが行使できる)社員のメリットは

  • 「仕事」を単位にした契約なので、「生産性の無いウェットな人間関係」に気を遣う必要はない
  • 「成果物」を単位としてるので、必然的に生産性の志向が高まる(しょーもない会議など、余計なことはしない)
  • 役職に関係なく、できない社員を手足に使う関係性になるので、仕事効率はさらに上がる
  • 相対的に余剰時間ができるので、複数の会社に所属することも可能(副業ではなく複業)

という感じになってくる。

ちなみに、フリーエージェントが行使が許されない「できない社員」の末路は悲惨だ。端的に言うと、バイトのような「時給〇〇円」といた工数払いの世界での働き方が強いられるからだ。

これは馬鹿にしてるのではなく、世の中の働き方は「より二極化する」ということで、賃金の多寡にかかわらず安定的に一定額を稼ぎたいという考えのある人には工数払いがフィットするだろう。ただ、野心的にアグレッシブに自分を試したい、自分のアウトプットで充足感を得たい、仕事自体を楽しみたいという人には辛いだろう。

つまり、「自分がこうありたい」という考えと「雇用形態」が一致すれば幸せ、一致しなければかなり辛いということだ。

ちなみに、普段からアウトプット出してない「枯れたおっさん」はどちらにも行けなくなるのでもっと辛い環境が待ってることだろう。

取引費用理論

経営理論で非常に重要な理論に、取引費用理論というのがある。その名の通り、企業が取引を行う時にかかるコストとその特性についてまとめたものだ。

こう書くと、とてもつまらないものに聞こえるかもしれないが、この理論の神髄は「企業の存在範囲を決める」ということらしい。

  • 取引コストが高い場合は内部化を志向(自社にその機能を持つ)
  • 取引コストが低ければ、外部化を志向(アウトソースする)

という単純な理論だが、この内部に取り込んだ機能とは「会社が重要と思ってる機能」に他ならない。結果、これを突き詰めると取引費用理論は、会社の強みをどこに持つか?といったリソースの在り方を規定することになる。バリューチェーンで考えた場合に、どの機能を持ってどこを外部委託するかと想像するとわかりやすいと思う。

ここにITの進展やAIの市場化が進んできた。ある程度の質やセキュリティ観点での追加コストはかかるかしれないが、今は普通の人たちが自分で起業して自分でウェブサイトを簡単に制作できる。企業ロゴを作る際も同様にウェブで高々数千円のコストで作成できてしまう。クラウドソーシングをはじめ、ベンチャーキャピタルや政府系の新規事業向け融資などでも簡単に調達できる手段も整備されてきている。

更にコロナの影響によりネットワーク化での働き方が内外問わず強いられてるわけで、これまでの「IT環境がある(状態)」ではなく、「IT環境を実践している(行動)」という事象が起きている。働き手の視点では、働き方・生活の仕方を変えやすい環境が促進された。

こうなってくると、「どこまでが企業なの?」「どこまでが仕事でどこまでがプライベートなの?」というのが漠然とした問いが出てくるものだ。

取引コストという企業視点のみならず、個人の視点でも仕事とプライベートの境目が曖昧になるし、一日の中でそれぞれを行き来するという感覚の方が近いのかもしれない。

この企業側の「各種コストの低下(取引コストの低下)」と、働き手の「多様な働き方」が掛け算になると、優秀な社員を1社に閉じ込めておく発想は不可能に近い。寧ろ上記に挙げた「企業側のメリット」を積極的に享受しようとしない企業は、相対的なコスト高に悩まされるようになり、結果として競争力はなくなっていくのだから。

企業とパートナー関係となったその先は

変化は徐々に来るものだが、大きな変化を意識しないとあっという間に取り残されるのが世の常だ。つまり、「そういう世界が認知できるのを待つのではなく、先回りしていく態度」が重要だということだ。

かっちりした企業然とした就業形態に囚われない働き方には、「遊び心を持った変人」の方がフィットするだろう。会社形態・就業形態が曖昧になる会社と、もともと普通の人と比べると外れ値にあたる変人は相性がいいという直感だ。

その意味で、今の会社・組織では居心地が悪い人は、「同時にこなせる(複業可能な)別な世界」が、もうすぐ来ることを意識した方がいい。

今働いてる企業にも尻尾を振って忠誠を尽くしつつ、外の世界には「私はフリーですよー」「どんな仕事でもしますよー」という姿勢で「フリーなふり」を装ってでも、虎視眈々とチャンスを広げていく姿勢が自然なことだろう。

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