もう毛は要らない

基本的にMASAKIは悩むことが少ない。

困った事象や悩ましい事象に直面したら、怒るか、思考するか、取り込んで習慣化するか、完全に無視するか、わりとそれなりの解決を導くことは得意な方だ。

ただ、そんなMASAKIも何年も悩んでいたことがある。

「体毛って何のためにあるの?」

このテーマは深い。

人間として、いや、そもそも動物として、生物の進化論として脈々と受け継がれてきただろう体毛。進化論が正しいのであれば、「不要なものは進化の過程でそぎ落とされるはずだ」とも思うが、依然として我々の身体には大なり小なり毛で覆われている。

「覆われてる」という表現も過剰なのだ。

寒い時に体温を維持するにはスカスカすぎる体毛。熱い時にはただただ邪魔な体毛。いったい、どんな機能が期待されて、未だ我々の身体に存在してるのだろうか。

「MASAKIはピアスを開けない。」

若いころは浴びるように酒を飲み、繁華街が鎮まるまで遊び倒し、ひーひー言いながら翌日は出社する。そんな退廃した生活を送りながらも、心の中でどこか「親からもらった大事な体をいじってはならない」というよくわからない自主的な戒律に縛られてたりする。

「ピアスを開けること」と「体毛を処理すること」は同じレベルの話なのだろうか。

明らかに「整形をしました」というのとは距離感が異なるが、差異としては微妙なところだ。やはりどこかで、「親からもらった大事な体をいじってしまってるのではないか?」という背徳感は消えない。

ちなみに、あくまで「体毛」のことしか言及してない。「頭髪」はもちろん別カテゴリーだ。

欲しいものと要らないものの差

「欲しいもの」はみんなある。それにわかりやすい。「欲しい」という物体・イメージがクリアだからだ。

ただ難しいのは「要らない」ものの判断だと思う。

「判断」と書いたのは意味がある。「要らないもの」=「すでにあるものに一定の判断を与えてみてくるもの」ということだ。つまり、何らかの尺度を持たないと、「要らないもの」は見えてこないのだ。

これの深さは「今まで何特やっていた習慣」を見直すには、「気合い」もいるし「尺度」がいるということだ。

「要らないもの」を決める手法

これは一見難しいように感じるが、シンプルに考えよう。

「要るか悩むら捨てる!」

これが鉄則だ。これ以上でもいこれ以下でもない。

なので、MASAKIは「要るか要らないかわからない体毛」をなくすことにしようと思う。

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