所属する経営管理のチームの中に、なかなか面白い後輩(男性)がいる。
彼はなかなかやばめのA氏を上司に持つのだが、普通の部下であればこのA氏とはそりが合わないことが多く、いろんな部下が疲弊していた。
ただ彼だけは違った。普段から何を言ってるかわからないA氏からの依頼を全身全霊で受け止め、最終的には非常に熱い信頼関係まで昇華された。
彼は普通の人以上に何か特別なスキルがあるというわけではないが、とにかく何でも「受け止める」ことのできる性格で、決してギブアップもしなければ、むしろ飄々と仕事をこなしいるように見える。
アバターではないが、「彼」と書き続けてもイマイチ雰囲気が伝わらないだろう。雰囲気だけ伝えると、見た目は完全に「シュレック」。普段からやや体調が悪いようで、顔が緑色っぽくなっているが、なんとか頑張って笑顔を保ってくれている。
本当にいいやつだ。
ところで、こんないい人であるシュレックのことで、実は気になることがいっぱいあるのだ。
直近での彼の最大の謎は、
「なぜオンライン会議のときに顔を見せないのか?」
という点だ。
こっちがフランクな気持ちでビデオをオンにして顔を晒しているのに、一向にビデオをオンにしてくれない。
「顔出してみてよ。」と言うと、「いえ、それだけはできません。」と言ってくる。
「それだけはできません??」
もうこれだけでそそられてくる。
「彼にはいったいどんな秘密があるんだろう?」という人間の本源的な欲求をツンツン突いてくるではないか。
別の質問をしてみる。
MASAKI 「じゃあ、映さなくていいけど、どの辺が見せられないの?部屋が汚いとか?ヒゲが伸び放題とか?」
シュレック「いえ、そういう次元じゃないんですよ。」
「そういう次元じゃない??」
いったいどんなことになってるのだろうか。
極上のかわいい彼女が隣にいるのか?
部屋がマリリン・マンソン並みに呪われた館風だったりするのか?
実は物凄くかわいいパジャマを着ているのか?
ひょっとして、お肌の手入れで顔にパック中だったりとか?
あんなこと、こんなこと、いろいろ考えてまうではないか。
ここまでくると、禁断の果実を手に取ろうとするアダムの心境そのものだ。
「彼のこと、もっと知りたくてたまらない。」
シュレック、、、、MASAKIをこんなに興奮させるなんて、かなりのテクニシャンだぜ。
ちなみに昨日「誕生日おめでとうございます」とチャットしてくれた。
またちょっと嬉しくなった。これは、、この気持ちはひょっとして、、、
人生は奥深いものだ。まだまだ自分自身を掴めていないのかもしれない。
テクニシャンたちのある特性
世にいう「テクニシャン」と呼ばれる人たち。
それこそいろんな分野で玄人な特技を持ってる人たちはこの分類に入りだろう。
それだけではない。趣味・遊びの領域のみならず、仕事・ビジネスの領域でも一芸に秀でた人、「この人にはかなわないなぁ」と思わせる技を持つ人というのは多くいる。彼らはある領域での有能感・超越感を持ってる分、その領域においてはまるで全知全能のようなイメージを持つだろう。
これが、特にビジネス領域なってくると、大概「市場は〇〇になる」「技術は〇〇が大事になる」「世の中は〇〇になる」といった、未来予測の領域で知見を語る人が必ず出てくる。
そう!「必ず」だ。
ビジネスで不透明な領域は当然「未来」に関すること。全知全能感を持つ彼らは「それを見通した上での打ち手」を常に模索している。
「過去」に固執して「すでに発生した事象の解説」をするサラリーマンは二流・三流なので放置。なまじ一流の人は、より難しい世界を見据えた思考をしたくてたまらない人種だ。結果「必ず未来予測する」人種となる。
テクニシャンもどきの悪手
一流は「未来思考」、二流・三流は「過去思考」というのは世の常だ。
過去から学ぶのではなく、「すでに起こったことを後付けで話す」タイプであり、一方で「未来のデザインはできない」というタイプだ。
「だから失敗すると思った」
「なんでそんな結果になったの?」
「それは〇〇をちゃんとしなかったのでは?」
とことごとく結果論で、且つ点でのみ問題を指摘してくるわけだ。こんな容易いことはないわけだが、当の本人は「いい意図」を伝えてる気でいる。「今後はこういうことを検討すべき・実行すべき」というのを包括的・具体的に語れないから性質が悪いしレベルが低い。
まぁ、はっきり言って同じ職場にいたら、時間泥棒・メンタル殺傷野郎ということで害悪でしかない。
ふと思うことがある。
「この結果論で話す人たちが、もし保険に入っていたらおもろいな」
どういうことかというと、保険に入るという行為は「先々の不透明な事象に対するヘッジ」そのものである。
自分の健康状態、遺伝子的な病気の特性、ふだんの食生活、家族構成など、自身と自身の取り巻く環境をちゃんと分析した上で、最適な保険を選択することになるだろう。まさしくROIの検討だ。
保険に入って10年過ぎたときに、「やっぱり保険に入らなくても病気や怪我はなかったじゃん!無駄だった」となるだろうか。
まぁ、ならないだろう。
そこには一定の「未来思考」を踏まえた「打ち手」としての保険に加入(意思決定)をしたわけだ。その一方で、先の職場の例にある通り、仕事となると部下に対してことごとく「結果論」だけで迫る姿があったりする。
なかなかギミックで面白い。
「コロナ対策は間違いだった」はもっと分析しよう
これは昨今政府や各種団体が行っている「コロナ対策」でも同様のことが言える。
簡単に「あのコロナ対策は間違いだー」は「やるべけではなかった」という主張の裏返しだろう。
こういった主張は個人の自由だし構わない。
ただ、その効果そのものを指摘するのであれば、もっと分析的な態度で臨まないと、二流・三流のサラリーマンと同じ事になってしまう。
「未知の感染病への対策」をしてる段階と、「その結果を見てあーだこーだ言うこと」を混同すると、みんなでアホになるからだ。
リスク・ファイナンスの基本概念
「保険」ついでに、ファイナンスの領域での「リスク・ファイナンス」という概念を紹介しよう。
これは不測のリスクに対して企業が取るべき姿勢、というのを抽象化したものだが、いたって簡単。
予想損失額 × 発生確率 = 損害
基本的な要素はこの3つだけ。
これに基づいた取り得る手段は「リスクコントロール」と「リスクファイナンス」の2つだ。
「リスクコントロール」とは、事前に「予想損失額」や「発生確率」を低減させる活動をすべきというもの。「リスクファイナンス」とは、事後的に「損害」への対応をするというもの。
この「リスクファイナンス」は更に「保有」と「移転」という2つの手法に分かれる。
「保有」とは、不測の時を見越して「積立金」などの名目でキャッシュをため込む行為であり、「移転」とは、不測の時に「リスク」自体を他者に「移転」する行為を指す。
もうお気付きだと思うが、この「移転」の概念に「保険」という仕組みが含まれることになる。
この3つの要素から展開した概念だが、これはビジネスリスクの扱い、その対応にも非常に有効だったりする。みんなも考えてみるといいだろう。
ある目標を達成するためにリスクが認識された場合に、別な案件でキャッシュを積み立て置けるか(別のアクションで相殺できるか)、その発生確率自体を減らせるか、など方法論に繋がる思考の整理としては割と使えるのである。
他にも「ビジネスプランニング」への領域に繋げるとすれば、「予想損失額」や「発生確率」を見積もった場合に、あまりにも損失がでかくなりそうな場合は、コンティンジェンシープラン(複数の代替案)を検討することになる。
「予想損失額」や「発生確率」の幅が限定的の場合はローリングプラン(定期的な計画の見直し)でOKとなるわけだ。
ピンと来た人はさすがだが、これはプライベート上のリスクヘッジの整理にも有効だ。紙面の関係上、詳しくは別の時に話すことにするが、テクニシャンを志向するのであれば、このリスク・ファイナンスの考え方で、プライベートリスクの最小化・幸福の最大化を狙っていこう。