クラスで一二を争うくらい太ってる子が「私チキンだからむり~」って言った時ド天然の子が「え~、○○ちゃんはチキンじゃないよ~、どっちかって言うとポークだよ~♪」って言った瞬間、吹き出すのを耐えた私を褒めてくださる方 RT
後に壮絶な喧嘩が勃発するので注意が必要だ。
モテ男が女から「何で連絡くれないの?」と聞かれた時に発する「最近、色々忙しかったんだよね。ごめんね。」は、「最近、色々な女と合うのに忙しかったんだよね。」の意なので、それ以上突っ込まない方がいい。
「口は災いの元」というとおり、言っていい事・悪い事はあるので注意が必要だが、実はそれ以上に注意すべきことがある。
サイレント・マジョリティ
世の中の大半の顧客はサイレント・マジョリティと呼ばれる人たちで、その商品・サービスに満足していても、不満を抱えていたとしても、特段何も言わないでただ使い続けている。まぁ、こう書くと至極当たり前のことだ。
世の中全ての人が、自分が購入した商品について、いちいち「これいいね!(よくないね)」「たまらないね!(つまらないね)」「最高じゃん!(最低じゃん)」とわざわざ製造元・サービス提供元に連絡したりするはずがない。
ちゃんと「宣言」する人たち
逆に言うと、「顧客は黙って去っていく」という重要な事実を見逃してはいけないということだ。ちゃんと「宣言して去っていく人たち」というのは、「対面販売での顧客」か「クレーマー」か「恋人」くらいのものだろう。
「対面販売での顧客」は概念的には飲食業や、生産と消費が同時となるサービス業も含まれる。例えば、まずいラーメンを食わされたとして、「おやじ!くそまずいじゃないか!」と言える猛者はなかなかいない。ふつうは静かに席を立って、「こんな店、もう二度と来ない。」と心に思うだけであろう。
あくまで、「その場で売り込みをされた際に、その商品購入を断る」といったシチュエーションしか「宣言」してくれる人はいない。
「恋人」もそうだ。
一部の例外はあるだろうが、恋人に対してある日突然「アカの他人」のように振舞える人はそうそういないはずだ。特に日本人は、最初の付き合いの宣言から最後の別れの挨拶まで基本的に「仕切り」を設けたがるだろう。
ちなみに、欧米人はどこからが付き合い始めかが曖昧なものの、ある時から「俺たち恋人だよね」という雰囲気を出すが、あの感覚は未だにわからない。というか、その曖昧さの中にあるアンニュイな感覚にはとても興味がある。単純にすごくそそられる。
話が逸れた。これが「友人」だった場合はどうだろうか?
「いやぁ、君とはもう友達をやめることにするね。」
と、爽やかに、且つストレートに物申すタイプはいないだろう。基本は「勝手に」去っていく。みんな「静かに」離れていく。万一道端で会っても、笑顔は絶やさず軽い世間話をかましつつ、心の中では「めんどくさ」くらいにしか思わないだろう。顔にはそういった雰囲気は一切出さないので「相手は気付かない」が、確実にRejectされてる関係というやつだ。
しつこく書いてるのには訳がある。
「人間は何も言わずに去っていくもんだ。」ということをちゃんと理解しない人が割と多いからだ。
商品価値が目減りしていたことを社内では暗黙のうちに認識しつつも伏せつつ、市場の顧客が「静かに去っていく」状況を感じながらも、2~3年経つまで確信に至らない理由はなんなのか?
我々は「サイレント・マジョリティ」を相手に商売をしてるのであって、一部の「きゃっきゃ、きゃっきゃ騒ぎがちな先進層」が主体ではないという事実認識。
「先進層に火をつける」という手段が目的化して「先進層に響いてるか否か」だけをKPIにしようとすることすらある。
商品を伝えることで一番重要なものとは?
あくまで「満足」があっての「感動」であり、「感動」ごり押しの薄いマーケティング論に騙される顧客はいないということだ。割合で考えても満足 80点、感動 20点くらいのブレンドではないだろうか。
基本的な商品価値が相対的に低ければ、結果的に一部の顧客に「感動」を与えようと努力するあまり、サイレント・マジョリティの「満足」をおろそかにしてはならない。
「顧客のニーズを突き刺せ」「なまくら刀じゃだめなんだ」という話はわかる。ただ、この「突き刺すポイント」というのは、上記の「感動」に該当、もしくは「満足」領域の上位項目だったりするだろう。
つまり20%の話だ。
「20%だから小さい」と言ってるのではない。突き刺すことを真剣に考えた結果、商品のトータルバランスとしては感動領域が20%、満足領域が80%となることが重要だと言ってるに過ぎない。満足領域は「必然性」だ。パット世に出たときには驚くような商品だったとしても、あとで冷静に考えると自分たちの生活に必要な「必然性」が備わっていないと、多くの人に支持されることはないだろう。
基本となる商品の「満足領域」が何かをきちんと見定め、それがとても「新規性」の高い軸(世に出てないなど)だと、結果的に感動領域が増すだろう。「わぉ!」の世界だ。それを「20%の感動領域」と表現した。実際に顧客視点での「20%の感動領域」を作るためには「80%の労力」が必要かもしれない。
この労力の観点は否定しない。否定したいのは、「感動」ばかり言うクリエイターがたまたま最近周りに多かったからかもしれない。話を聞いてると「感動の安売り」のような人たち。
本当にすごいクリエイターは、誰よりも顧客視点で顧客へのベネフィットや機能美を真に追及しているし、そういう素敵な人たちを何人も見てきた。「感動の安売り」のような人とは根本的な姿勢・思想が異なる人たちだ。
ただこれは、クリエイターに限った話ではなく、すべての職業に言える気がする。その意味で、自分への戒めも含めた言葉にしたい。
ひたすら薄っぺらい感動(を前提にした仕事)を振りまいていれば、いつか周りの人間はみんな去っていくのだから。静かに。