@hahara_main777·車内で隣に座っていた女子高生からメモを渡された。ドキドキしまくりでメモを読んだ。 。。。「ヘッドフォンうるせえ」orz
誰しもこんな切ない経験はあるだろう。勘違いから自尊心が崩れるパターンだ。
ただ、人間はある種の「勘違い」は必要だ。
勘違いの効用
引っ込み思案でいるよりも、自分を動かす原動力として「勘違い」は非常に役に立つ。
行動のきっかけとして勘違いは役に立つこともあるが、「勘違い」によりもたらされた結果については気にしない方がいい。行動できたことについて、自分で自分を褒めてあげればいい。結果に右往左往してはいけない。
具体的な例を挙げると、MASAKIは子供のころ「北斗の拳」という漫画が大好きだった。
それに憧れ、ある種の勘違いから「おれの北斗の血が騒ぐ」と本気で思いながら、小学校の仲間内では幅を利かせていた。ただ結果としては、MASAKIは憧れたケンシロウではなく、ラオウに近づいてしまったわけだ。
未来の意識・未来へのモチベーションとして「自分に勘違い」するのは有益、但し、結果に囚われてはいけない。
よく「不良の漫画を見たら悪い子になってします」などという親がいるが、
「好きな漫画見たら影響されるというなら、恋愛モノが好きなオタクに彼女がいないのはなぜか。」
「好きな漫画見たら影響されるというなら、おれはなぜケンシロウではなくラオウ的になったのか。」
未来を追い掛ける原動力と、実際の結果は異なる。これもまた一興だ。
勘違いの定義
その意味で、「自分に対する勘違い」は、「自分そのもの」と「理想の自分」は単純な方程式で表現できる。
よく言われるイノベーションは「既存の知と既存の知を掛け合わせて再定義したもの」とあるが、この「既存の知(自分そのもの)」に対して、「世の中的には既存の知だが、今の自分は経験してないもの」と見なすと、
今の自分 × 新たな経験 = 得体のしれない将来の自分
が出来上がる可能性がある。
ここでの「新たな経験」はあくまで「自分にとっては新しいが、世の中にはゴロゴロしてるモノ・コト」でOK。このたった1つの経験(世の中では既知・自分の中では未知)を求めること・志向すること」で、別次元の自分になれるというわけだ。
経営管理の人はマーケティングの知識、マーケティングの人は企画の知識、設計の人はFinanceの知識など、「たった1つの要素」が自分を別のステージに押し上げるのであれば、ちょっとの時間を割いて自己投資する価値があるだろう。
何でもかんでもやる必要はない。たった1つだ。(と、MASAKIはいつも言い聞かせている)
逆に、「おれは誰もやったことのない新しいことをやってやるぜ!」という思考だけで、具体的なHowが見えない若者は「多くの人は知ってるが、自分の専門とは違うこと」を選んでみる方が早いのでは?とも思ったりする。
「たった1つ」の選定に悩むとき
あまり悩むことが少ないMASAKIだが、この歳になって次の「たった1つ」を見つけるのに正直悩んだ時期があった。
決して、全てを網羅できたわけではない。分野を考えると全然精通してない事の方が多いと感じている。
そんな中、自分が楽しめそうなもので、掛け算になりそうなもので、世の中に役に立ちそうなもので、と考えてると
「結局は何が正しいのかよくわかんねー」
となってしまうということだ。
まぁ、時流に合わせて強烈な掛け算になるのを想定すると、統計解析から入って、コーディングまではできなくても、AI設計のアルゴリズムができるような知識などがあればいいのだろうが、なんとなく興味が持てない。
そんな時は、「居場所を変える」が手っ取り早いということだろう。
「ポジションは人を育てる」という言葉がある。とても好きな言葉だ。ポジションは昇進・昇格といった「縦」の異動もあるし、職務を変える、ビジネスを変えるといった「横」の異動もあるだろう。
「縦」は権限・責任の範囲が飛躍的に増える点で視点は変わるし、「横」は黙ってても視点が変わる。そんなプロセスを通じて強制的に「視点」を変えることで、今まで見えなかった「たった1つの要素」を探れればいい。
掛け算はすごい
ある畜産農家の人が、「ごつごつしたお肉の美味しさを全国に届けたい」という思いで行き着いたのが、「超ごつごつしたどでかいお肉が入ったレトルトカレー」だったりする。これがなかなかの高価格で販売されているが売れているとのことだ。商品名は忘れてしまった。。
誰が思いついたのかわからない「トリュフ塩」という商品。
トリュフ屋さんが「塩と掛け合わせればいいじゃん?」と考えたのか、塩屋さんが「トリュフって美味そうじゃん?」と考えたのかは謎だ。
だが、これがむちゃくちゃ美味いのだ。まさに悪魔的な美味さなのだ。ちょっと素人が焼いたステーキであっても、このトリュフ塩に付けて食べると格段に味のレベルが上がるのだ。単に「塩味が付いた」のとは異なる味の深み・旨味が加わった感覚。
もう誰が創ったなんて関係ない。事実としては「塩」でも「トリュフ」でもない別次元の「トリュフ塩」が産まれたということだ。
そんな「トリュフ塩」に私はなりたい。