ロン毛のおっさん


U-zhaan(ユザーン)@u_zhaan
·近所のマッサージ屋に行ったら、背中を指圧されながら「お客さん、もしかしたらミュージシャンかなにかですか」と聞かれたので、「え、体を触るだけでそんなことまでわかるんですか?」と聞いてみた。「いや、なんかすごいパーマなんで」と言われた。

かくいうMASAKIも、一時は髪を長めにしていたものだ。いわゆるロン毛のおっさんというやつだ。だが、このコロナ生活の中でやめることにした。

髪を切ったとたん、周りから

「あら~、髪切ったの?さっぱりして素敵ね。」

「おー!やっと切ったんだ。いいじゃん。」

「MASAKIの髪型、母さんはちょっと恥ずかしかったんだ。実は。(笑)」

などと堰を切ったようにポジティブコメントが連発。。

「なかなか世の中は世知辛いぜ。誰も本音を言ってくれないもんだな。。」

そう!世の中はきちんと本音を出してくれるわけじゃないものなのだ。たとえ家族でも友人でも、ある意味「本心で会話してる」と言いながらも「伝えられてない本心」だってある。

これが赤の他人同士が集まった会社だと、個々人の社会人としては野望や立ち位置、組織間の軋轢なども相まって、より一層複雑化した人間関係になってくるのは想像に難くない。

自己犠牲ばかりを強いる組織

頂点に君臨する誰かから、何らかの命令がピラミッド型の組織に一気に伝達されて、その命令には何人たりとも逆らえないという風潮は今でも多く存在していると思う。

更に性質が悪いのは、下の者が上の者に対して、先んじておべっかを使ったり忖度した態度を先回りすることで、この上意下達の関係性が一層強化されることだ。

完全にバカ殿とバカ部下の完成形である。

はっきり言うと、部下には日々我慢を強いつつ、いざというときは部下自身に切腹をさせるような組織は本質的に強くならない。こう書くと「今時そんな会社はない」とご指摘を受けそうだがはたしてそうだろうか。程度の差はあれ、部下が伸び伸びと仕事していない状況が見えるのであれば、このエッセンスが隠されていると思っていた方がいいだろう。

個々人が自立するのが先にあって、その個性を出す環境があってこそ、組織パワーは掛け算になる。しごく当たり前のことのように聞こえるが、自己犠牲に浸されて疲弊してる人は本当に多い。

ちなみに、自己犠牲の間違ったバージョンというのもあるので補足しておこう。具体的に挙げると、普段から特段の関心も持たれず、特段のプレッシャーもない状況にいる若者などは、

「自分はもっとできるはずだ!」

「自立した個性を発揮できないだけだ!」

と悶々とする日々に悩まされていることもあるだろう。ただ、このパターンは、ややギミックがある。(あくまで私見だが。)

真剣に仕事に打ち込み、圧倒的な量をこなすことが求められる時期がない状況は、ある意味「不幸なかもしれないが、逆に言うと、目先の仕事ですらトップレベルでこなせていないから次の仕事が舞い込んでこないだけの可能性が高いと思う。なぜなら、一緒に働くものからすると「任せられることはさっさと任せいたい。」というが本音なのだから。

なので「もっとできるはずだ」という前に、「まず手を動かせ」「まずアウトプットしてみろ」というになる。直接頼まれたこと以外に関連しそうな仕事があれば、それも含めて勝手に手を動かすことから始めよう。それ自体は無駄うちになるかもしれないが、まず圧倒的な量をさばいくことなしに質は伴ってこない。量をさばくためには人に指示される前に、周辺の仕事を勝手に掘っていくぐらいの姿勢でちょうどいい。

話は逸れたが、「自己犠牲は悪」だという視点に立ち、過去の自己犠牲の歴史を振り返ってみよう。棚卸しすることで自己分析ができるようになる。

一緒に働く人の分類

一般的に一緒に働く人を分類する場合は、「上司(役職が上)」「部下(役職が下)」「同僚(役職が同じ)」の区分に、

個々人のパーソナリティを合わせて「〇〇さんという人間像」と定義する人が多い気がしている。

あくまでMASAKIの私見なので当てはまらない人ももちろんいるだろう。

MASAKIの場合はちょっとズレてるかもしれないが、この分類は次のようになる。

・パートナーと感じる人

・自分の手足となる人

・動きを邪魔する人

この3パターンに収まりそうだ。

こう書くと、とても冷たい人間のように伝わりそうだが、誤解を恐れずにありのままを書いていく。

まず、この「パートナーと感じる人」とは、居心地の良い人だけを指すわけではない。自分に対してむちゃくちゃ攻撃的な人や、ひねくれた性格の人も含まれる。

基本はビジネスで論戦を張れる相手か、くだらないバカ話をしたくなる相手がこの区分に入る基準だったりする。前向きにビジネスを話せる相手はたとえどんな性格の人だとしても有難いものだ。特に自分に無い視点を投げかけてくれる可能性も多い。

バカ話もとても大事だ。ロジカルと真逆の発散思考で思いついたしょーもないことを話す行為は、発想力の源泉だったりするのでは?と感じてるからだ。

次に「自分の手足となる人」とは、根は真面目ではるが、聞き手の想像の範囲内だけしか受け答えをしない人を指す。刺激されないので感じない。これは人間の心理だ。決してエロい話に限ったことではない。

こういう人とは自然と会話が弾まないわけでほぼ間違いなく友達にはなれないが、会社である以上仕事で絡むことは当然にある。その際は「自分じゃなくてもできること」を積極的に回していく相手としての付き合いに終始するだろう。

3つ目の「動きを邪魔する人」というのが一番の問題だ。

パターンとしては、既得権益を守りたがってるような人や、ビジネスに対して無関心に仕事をしている人を指す。総じてこういう人は、ビジネスにとって有益な対案は出さず、むしろ動きを停滞させたり無駄に仕事を増やしたりするというのが過去の経験で分かっている。

この手のタイプの基本姿勢は「保身」なので、ビジネスが好調の時は声高に成果を誇示し、ビジネスが不調の時はその理由を外に求める傾向にある。一見するとビジネスに前向きな態度を装うが、その実は自分のポジションでトークしてるような人だ。

「ちなみに、なんのための分類なのか?」

人付き合いを負担を軽くしたいからだ。

全ての人と仲良しこよしで、みんなで手を繋いでゴールテープを切るようなお花畑な環境はありえない。かといって、全ての人に同じレベルで神経を使うことは無駄だし自分のリソースを削ることになるので勿体ない。なので、自分の認知負荷を減らし、無駄なストレスを減らし、楽しいことだけに集中する自然な努力として自然に身に着いた分類方法だったりする。

ロン毛のおっさんなりに、創意工夫をしていくものなのだ。

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