春になると新社会人が街中に溢れ、あのダサめのリクルートスーツを纏いながらきゃっきゃしてるのだろう。
コロナ禍なので、来年にそんなわかりやすい「きゃっきゃ」の風物詩が見られるのかは不明だが。
いずれせによ若い新入社員が入ってくるのは間違いないが、そんな人たちに対して我々からはどういったアドバイスを掛けるべきだろうか。
「こんな楽しくないソーシャルゲームはないですよー。あ、社畜と言います♪」
「あえて紙のノートを持って、上司の言うことが分からなくても一生懸命メモするフリはした方がいいよ。」
「紙がない時は、首がもげるくらいうなずいた方がいいよ。」
「行きたくない飲み会があったときは、『今日はお父さんとデートなので』と言えば逆に好感度が上がるよ。」
SNSを見てると、みんなこのような有益な情報を持っているようだ。
この延長で「仕事のモチベーションをいかに上げるか?」について考察してみたい。
「モチベーション=心のパワー」と思ってるからモチベーションは上がらない。
MASAKIに限った話ではなく、人間は本当にめんどくさがりな生き物なのだとつくづく思う。
なので、明らかに自分が楽しめそうで面白そうな仕事だったりすると勝手にやる気を出すものだが、そんな業務は全体の2%くらいの確率でしか舞い込んでこない。
大半は、「ちょっとめんどいなぁ。」「こりゃ大変な案件だ。」といったものばかり。且つそれが単品ごとに順序良く放り込まれるならまだしも、大抵はこちらの都合とは無関係に有象無象がガンガン投げこまれてくるものだ。
つまり大抵の仕事は、寧ろやる気(モチベーション)を下げる性質のものが多く、それが重層構造で襲い掛かってくるということはまず理解した方がいい。
一方で、「部下のモチベーションを上げるのは上司(会社)の仕事だ。」という言葉があったりする。
MASAKIはこの言葉がとても嫌いだ。非現実的であるにもかかわらず、こんな美徳を強要してくる社会の風潮がとても嫌なのだ。
基本的には「人間は自分の感情をコントロールすることだけでも非常に苦労する」という事実がある。
これに対して、よくわからない全能感を以て「君たちのモチベーションを上げてあげるよ。それが私の仕事なのだから。」と本気で言ってる上司がいたら、「それ自体が自己矛盾してませんか?」と聞きたくなってしまう。
自分をコントロールしきれずに、日々のストレスによる苦しい顔で「君のモチベーションをなんとか上げたい!」と叫ぶ上司の絵面を想像したら、その気持ち悪さがわかると思う。
つまり、モチベーションは他人からも与えられるものではないということ。
こんな話を聞くと、多くのつまらない仕事に対し、毎度毎度「やる気を出さなきゃ!」と自分の中で強い意志を持たないといけないのだと感じてしまう。ただ、この延長にある人間像は、必ず疲弊してエネルギー切れになることが容易に想像される。
イメージとして、「モチベーション」という心のパワーが量的に測れるものだとして、それが入ってるタンクから少しずつ出していく感じ。タンクの中の「モチベーション」が底を尽きたら、今度は自分自身の大事何かを差し出して業務に当たる感じ。
「なかなかの地獄絵図じゃないか。。」
そう。「モチベーション」を「心の挙動」と捉えるとはっきり言って辛いことしかない。
モチベーションを心に頼った最悪のパターン
仕事をしていると、時折「これぞ大物」という案件に出くわすときがある。
ふだんから多くの案件を抱えてる中で「大物」が舞い込んでくるとき、みんなはどういう進め方をするだろうか。
人によっては、その他の多くの案件に忙殺されて、ついつい「大物」を後回しにしてしまう人も多いと思う。悪気なく「ちょっとまとまった時間ができてからやっつけてやろう!」みたいな気持ちだったりするはずだ。
ただ、そこには問題がある。
「大物」は「大物」ゆえに手を付けるのが怖くなる、嫌になる、遅延させたくなる。一方で「心」は目の前の案件に追われてついていかない。
そうこうして1日1日と延ばしていくと、その「大物」は「更なる大物」に変容して自分に突きつけられることになるのだ。
まず身体の動きが先
単純にいうと、「モチベーション」を「心の在り様」に頼ってはいけないということだ。
歯磨きをするのに、毎回「さぁ、やる気を出すぞ!」という人はいない。それと同じようにごく自然な動作として身に着けた方が精神的に非常に楽になる。
「さっさとやってしまおう。」
解決法は基本はこれしかないということだ。こう書くと、
「だから、モチベーションがあがらないんだって!」
とお叱りを受けそうだ。
だが、脳科学の分野でも証明されてるようだが、当初はやる気がなかったことでも、ちょっとやり出したら自然とやる気モードに入るのだ。それまでにかかる時間はわずか5~7分程度という話もある。
つまり、「やる気がないからやれない」のではなく「動かないからやる気が出ない」というのが正しいのだ。
そうであれば、問題は「初動」をどうするか?ということになる。
果てしなく高いハードルに感じてしまう「初動」への対応方法さえ身に着ければ、「やる気がなくてもできてしまう」ことがわかった。この「何かをしたいときの条件を決めておく」行為を、心理学の用語では、「アクション・トリガー」と言う。
「コーヒーを煎れたら、仕事をやり始める」
「ベランダでタバコを吸ったら、仕事をやり始める」
「軽いストレッチをしたら、仕事をやり始める」
「スマホを見るときは、最初に会社のメールを見るようにする」
「お酒を飲み始めたら、つい口説き始めてしまう」
この前半の部分は全て「アクション・トリガー」だ。後半の動作を引き起こすトリガーを自分なりにセットするということ。
秘訣は、人間は外部刺激に対して反応するマシンだと認識し、やるきスイッチを探すこと。「理性」や「意志」、「マインド」はそこには不要。
「アクション・トリガー」は「自分がふだんついついやってしまうこと(過剰行動)」に紐づけると良いらしい。ほんの少しの工夫で、人生はイージー・モードだ。
この「アクション・トリガー」を積極的に活用し、それが不要になった状態が「ルーティン化」された状態だと言える。