日本人は昔から言葉そのままでは理解しないと言われる。
お叱りを受けるかもしれないが、よく言われる京都の人などの例がわかりやすいだろう。家に誘われてほいほい入ってしまうと「厚かましい」との烙印を押されるなど、その手の典型パターンは枚挙に暇がない。
「No, No, Yes!」
神秘的な言葉だ。
「だめ、だめったら、、、、ステキ♪」という、日本人の極意を端的に表した素敵な言葉だ。
ただ、こんなとても前向きな例ならともかく、日本人の「恥の文化」が仕事の世界に入り込んでくると、至る所で悪さをもたらすかもしれない。
例えば、ほんとはやりたいことがあっても、周りの環境に流された結果、それをやりきれない実態が起きてる人は多いのではないのだろうか。
気持ちの切り替え方として極意を教えよう。
集中と選択の極意
まず、世の中は理不尽だという事をちゃんと理解した方がいい。
「そんなこと言われなくてもわかってる!」お叱りを受けそうだが、あらためて「そういうもんだ」と認知することから始めよう。
目立てば調子乗るなと言われるし、目立たなければもっと努力しろと言われるし、
稼いだら妬まれるし、貧乏なら自己責任だと責められるし、ボランティアしてる人々を偽善者だと罵倒する奴らすらいる。
どう頑張っても何やっても文句言ってくる奴は言ってくるわけだ。
気にするだけ損。完全シカトでOK。
基本は「No」だ
違う視点で教訓を言うとすれば、「まじで!行きます!やります!」と返事できないものは、すべて「No」と言おう。我々は、興奮してない普通のテンションで「Yes」と引き受けてしまい、結果的に日々が忙しくなりすぎてる気がする。
自分の判断基準のデフォルトを「No」に設定すれば、かなり気分が楽になる。降りかかってくるいろんなお誘いに対しては基本はNo。瞬間的に「Yes!」いえない限りは全て「No」なのだ。
そうするこで、「まじで!」と心からワクワクできる世界のみに集中できるし、そういう世界からのお誘いを逃さなくなる。
みんな、ほんとの意味で「No, No, Yes!」になって、好きなことに集中しよう。
↓↓↓ギターは好きだが、ここまで好きに離れない
